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ウクレレ 日記・コラム・つぶやき

松本市民タイムス、8月1日付リレーコラム

松本市民タイムス、8月1日付リレーコラム

「どうしてウクレレ作り始めたんですか?」って質問を頂くことも割と多くて。エレキギターひと筋だった製作歴がなぜ変わってきたのか。ウクレレとの出会いを書いてみました。(例によって、文字数削る前の記事なので実際の記事と微妙に異なってる部分もあります。)

一昨日、2日間のウクレレピクニックが始まる朝にこの記事が新聞に載ったのも何かの繋がりがあるのかなー、なんて感じながらのコラムでした。

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「人生を変えた楽器」

23歳で自分の楽器工房を開いてからというもの、エレキギターひと筋に朝から晩まで製作の仕事をしていた僕ですが、30歳代半ばに突然ウクレレという楽器に出会うことになります。
思い切って取った休暇で訪れた南の島タヒチ。首都が有る島からさらに小型機で1時間の小さな島へ向かう旅の途中。
定員50人ほどの飛行機の中、刺青だらけの巨漢がフライトの間中ずっと変わった楽器を弾いていました。席は僕と通路を隔てたすぐ隣。ギターよりはひと回り 小さく薄い。高音が目立つ明るい音色、沢山の彫刻が入ったいかにも民族楽器という見た目。周りの人たちは慣れているのか誰も注意もせず、気にもせず。
「何だろう?」と不思議に思いながら見ていると突然その巨漢が、「弾いてみるか?」と言わんばかりに無言で僕に向かって楽器を差し出しました。
驚きながらも楽器を受け取って眺めた、それが「タヒチアンウクレレ」との最初の出会いでした。

偶然その日の晩、僕が泊まった小さなホテルで女性ダンサーを従えて演奏していたのがその刺青の彼。僕は演奏を見てその楽器自体にとても興味を持ち、数日後には街の市場でタヒチアンウクレレを手に入れることになります。確か日本円にして2万5千円ほど。

手に入れた楽器をすごく気に入ってしまった僕は、その旅の間中ウクレレをケースにも入れず裸のまま持っていました。買い物にも食事にも持ち歩き弾いている と、ウクレレを目に止めた人たちが不思議なくらいに声を掛けてきました。街角のカフェでは昼間から酔った爺さんが僕のウクレレを取り上げ、突然見事な歌声 (だみ声)でフランス語のブルースを歌います。道路脇の物売りのお兄さんも「何か弾いて!」と笑いかけてきます。タヒチの帰りに立ち寄ったハワイでは服屋 のお姉さんが突然涙ぐんで「私はタヒチの出身なの。久しぶりに見て嬉しい、懐かしい!」と。しまいには離陸直前の国際線飛行機の中でも乗務員の男性に演奏 をリクエストされたり。

ギターには無いウクレレの小ささ、可愛らしさがきっと人を安心させるのかな。皆んなが触れたがる、そして笑顔になる。

僕はこの旅行の時から「ウクレレには何か人を惹き付け和ませる力がある」と思うようになりました。そして帰国後しばらくして試作品を作り、海外も含めた様々なイベントに顔を出し、人に会い、沢山のつながりを作ってきました。そして今でもウクレレのチカラを信じています。

この記事が新聞に載る8月1日も僕は、横浜赤レンガ倉庫で国内で一番大きなウクレレイベントに参加しています。数千人もの人がウクレレを弾いたり歌ったりして楽しむ素敵なイベントです。
一緒に良い天気を願っていただけると嬉しいです。

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